神がかりのドライビングをする最速のスプリンター

ディディエ・オリオール

ディディエ・オリオールのイメージ
前年トヨタがWRCに復帰、サインツと共にカローラWRCで参戦。チャイナラリーではマニュファクチャラーズタイトル獲得に貢献する優勝を果たした

ディディエ・オリオール – Didier Auriol

1958年フランス・モンペリエ出身。最初のWRCは1984年のツール・ド・コルス、ルノー5ターボで出場した。ワークス活動は87年フォード、89年ランチア、93年トヨタ。94年にはトヨタでドライバーズタイトルを獲得。95年でトヨタが活動をいったん休止したため、96年はスバルと三菱でスポット参戦。97年はプライベートチームからWRC出場しつつカローラWRCの開発を行なう。98年はトヨタがカローラWRCでラリーに復帰、オリオールはサインツと共にWRCに出場。99年のチャイナで優勝。トヨタがWRCを撤退したためその後セアト(2000)、プジョー(2001)、シュコダ(2003)でWRCに出場。積極的な活動はシュコダまで。以降はラリーショー、IRCなどにスポット参戦した。

オリオールがラリーへ興味を持ったきっかけは、16歳の時に兄・ジェラールがラリーに出ていたからだった。兄にクルマの運転を教えてもらうと、18歳の時に運転免許を取得。21歳(1979)にシムカ・ラリー2で国内ラリーに出るもリタイア続き。この頃の職業は救急車の運転手だったという。82年までは年に数戦ラリー活動をするだけだった。大きく変わったのは83年、25歳の時にフランス選手権にルノー5ターボで出場。翌年にはトップタイムを記録することもできた。86年には33エキスポートラリーチームからMGメトロ6R4でフランス国内選手権に出場、5勝を挙げて初のフランスチャンピオンを獲得した。これは88年まで3年連続のタイトル獲得だった。

87年からはフォードワークスに抜擢。フォードからフランス選手権とWRC、ERCに出場。当時のチームメイトにカルロス・サインツがいた。88年のツール・ド・コルスでWRC初優勝。

オリオールのWRC初優勝は1988年ツール・ド・コルス。マシンはフォード・シエラRSコスワースだ

翌89年にはランチアに抜擢。92年はWRCで6勝するもタイトルをサインツに奪われる。ランチア時代にWRC11勝を挙げた。93年にはトヨタへ移籍、セリカGT-FOUR ST185をドライブ。94年には初のWRCドライバーチャンピオンを獲得。95年にはツール・ド・コルスで優勝するが、カタルニアラリーでオリオールのマシンに違反が見つかり、TTEはラリーを撤退。そのためオリオールもシートを失う。96年はWRC2戦にスポット参戦。スバルと三菱でワークスカーに乗る。97年は、トヨタがWRCに復帰するためカローラWRCの開発を兼ねた実戦参加を行ない、98年はカタルニアでカローラWRCの優勝を飾る。99年もチャイナで勝利し、トヨタのマニュファクチャラーズタイトル獲得に貢献。

1990年のツール・ド・コルスは3連覇。オリオールはこのラリーで通算6回の優勝を記録した
トヨタが活動を休止した1996年は開幕戦となったスウェーデンにスバル・インプレッサで出場し10位に
同年第8戦のサンレモラリーでは三菱ランサーエボリューションで出場。リタイアしたマキネンに代わり8位でフィニッシュ

オリオールはラリー中に、しばしばライバルよりも速いタイムを出す時があった。そのことについて本人は「絶好調の時は気持ちよく走れるんだ。人馬一体という感じだ。神がかりという人もいるけれど、それは突然やってくる。ドライビングがとても簡単になってくるんだ」と、チャンピオン獲得当時、メディアに語っている。

2000年はセアトに移籍、セアトWRCをドライブするが、序盤のサファリで3位になるのがやっと。2001年はプジョーに移籍、カタルニアで優勝した。これがオリオールのWRC最後の優勝となった。2001年はプライベートチームで2戦に出場。2002年はワークス活動を強化したシュコダに移籍するが、翌年活動規模を縮小したためシートを失う。オリオールの主な活動は、同年で終了。以降はWRCやIRCにスポット参戦した。

オリオール最後のWRC優勝となったのは、2001年カタルニア。マシンはプジョー206WRCだ

ディディエ・オリオール WRC勝利の記録

回数イベント名コ・ドライバーマシン
11988ツール・ド・コルスベルナール・オセッリフォード・シエラRSコスワース
21989ツール・ド・コルスベルナール・オセッリランチア・デルタインテグラーレ
31990モンテカルロラリーベルナール・オセッリランチア・デルタインテグラーレ16V
41990ツール・ド・コルスベルナール・オセッリランチア・デルタインテグラーレ16V
51990サンレモラリーベルナール・オセッリランチア・デルタインテグラーレ16V
61991サンレモラリーベルナール・オセッリランチア・デルタインテグラーレ16V
71992モンテカルロラリーベルナール・オセッリランチア・デルタHFインテグラーレ
81992ツール・ド・コルスベルナール・オセッリランチア・デルタHFインテグラーレ
91992アクロポリスラリーベルナール・オセッリランチア・デルタHFインテグラーレ
101992アルゼンチンラリーベルナール・オセッリランチア・デルタHFインテグラーレ
1119921000湖ラリーベルナール・オセッリランチア・デルタHFインテグラーレ
121992オーストラリアラリーベルナール・オセッリランチア・デルタHFインテグラーレ
131993モンテカルロラリーベルナール・オセッリトヨタ・セリカGT-FOUR ST185
141994ツール・ド・コルスベルナール・オセッリトヨタ・セリカGT-FOUR ST185
151994アルゼンチンラリーベルナール・オセッリトヨタ・セリカGT-FOUR ST185
161994サンレモラリーベルナール・オセッリトヨタ・セリカGT-FOUR ST185
171995ツール・ド・コルスデニス・ジロウデトヨタ・セリカGT-FOUR ST185
181998カタルニアラリーデニス・ジロウデトヨタ・カローラWRC
191999チャイナラリーデニス・ジロウデトヨタ・カローラWRC
202001カタルニアラリーデニス・ジロウデプジョー206WRC

LEGEND CAR

レジェンド・カー

70年代WRCに誕生したエボリューションモデル

フォード・エスコートRS 1800 Mk.2

1975年フォード・エスコートは、第2世代目の新型エスコートRS 1800 Mk.2へとモデルチェンジした。成功した初代エスコートRS16…

1980年3月のジュネーブモーターショーのアウディブースで「クワトロ」が発表され、11月にはアウディ・クワトロとして発売された。このクワト…

1960年代よりモータースポーツ活動を行なっていた三菱は、海外ラリーにも目を向け、67年のオーストラリア・サザンクロスラリーに出場する。当…

1981年、タルボ・サンビームロータスでWRCに出場してタルボのマニュファクチャラーズタイトル獲得に貢献したジャン・トッドはコ・ドライバー…

1963年、鋼管バックボーンのフレームにFRP製ボディをかぶせ、ルノー製エンジンを搭載したGTカーがフランスに誕生した。これがアルピーヌ・…

日本車初のWRC優勝マシン

日産フェアレディ240Z/ダットサン240Z

日産自動車は1962年、国産本格的スポーツカー「ダットサン・フェアレディ」を発表。以降毎年改良を加え、国内レースや海外ラリーに出場してスポ…

1979年のフランクフルトモーターショーに、1.3~1.5ℓのFF小型2ボックスカーとして発表されたランチア・デルタ。73年末から中東戦争…

蘇ったアバルトのGTラリーカー

フィアット・アバルト124ラリー

1966年トリノショーにフィアットからスポーツカーが発表された。それがフィアット124スポーツスパイダーだった。ピニンファリナのデザインに…

OFFICIAL SNS

フォーラムエイト・ラリージャパン2022公式SNS