WRC最初の栄冠を獲得したフランスの誇り

アルピーヌ・ルノーA110

アルピーヌ・ルノーA110のイメージ
WRC最初のウイナーとなった、J-C.アンドルエ/ビシ組とアルピーヌA110

1963年、鋼管バックボーンのフレームにFRP製ボディをかぶせ、ルノー製エンジンを搭載したGTカーがフランスに誕生した。これがアルピーヌ・ルノーA110だ。フランス国内のラリー出場を経て、68年のモンテカルロには、ジェラール・ラルースらの3台のA110 1300G、ジャン-クロード・アンドルエ、ジャン・ビナティエらの1300Sが出場した。当時のモンテカルロはポルシェ911、ミニ・クーパー、ランチア・フルビア、フィアット124などがワークス出場。総出場台数は200台を数え、特にアルピーヌの属するグループ3クラス1はフルビア、124、マトラなど18台が出場。ラリーの総合優勝はポルシェの1-2、ミニ・クーパーが続き、アルピーヌはビナティエが総合7位でフィニッシュ、クラス優勝も得た。フランス国内ではアルピーヌ勢が勝利を重ね、アンドルエがチャンピオンを獲得。

69年のモンテカルロはポルシェ勢が再び1-2。しかしアルピーヌ勢ではビナティエが3位でフィニッシュしトップが見えてきた。フランス選手権はビナティエが連覇。

70年はアルピーヌA110 1600をアンドルエ、ビナティエに託し、A110 1300をジャン-ピエール・二コラとジャン-リュック・テリエに託した。だがモンテカルロではポルシェの壁は厚かった。ポルシェ1-2に屈し3位。その3位にはニコラが入る。フランス選手権はアンドルエが獲得。

71年モンテカルロはニコラ、ビナティエ、テリエ、ベルナール・ダルニッシュ、アンドルエの5台に、スポット参戦でオベ・アンダーソンが招聘され打倒ポルシェを狙った。ポルシェは911に代わり914/6を送り込んだ。この年のモンテカルロは豪雪に見舞われ、そのラリーをスウェーデン人のアンダーソンは攻略。アルピーヌ念願のモンテカルロ制覇を果たした。また2位にテリエ、4位にアンドルエ、8位にダルニッシュ、9位にビナティエが入った。この優勝にスポット参戦だったアンダーソンは続いてサンレモ、オーストリア・アルペン、アクロポリスに優勝。ダルニッシュがアルペンラリーに優勝し、インターナショナルマニュファクチャラーズタイトルを獲得した。

アルピーヌに最初のモンテカルロラリー優勝をもたらしたのは、スポット参戦で呼ばれたスウェーデン人のオベ・アンダーソンだった

勢いに乗ったアルピーヌだったが、72年は開幕戦モンテカルロからつまづいた。前年同様の体制で臨んだものの勝利はランチア・フルビアをドライブするサンドロ・ムナーリの頭上に。2位はポルシェのラルース、3位にはラウノ・アルトーネンがダットサン240Zで入った。結局この年のマニュファクチャラーズ選手権はランチアが獲得、アルピーヌは7点しか獲得できず、シリーズ17位。フランス選手権は5勝を挙げたダルニッシュが獲得している。

73年はそれまでヨーロッパ中心に開催されたインターナショナルカップから、世界ラリー選手権としてスタート。アルピーヌも開幕戦モンテカルロにダルニッシュ、アンダーソン、アンドルエ、ニコラにA110 1800を託した。ライバル勢はランチア・フルビア、フィアットアバルト124、ダットサン240Zなどグループ4クラスには25台が集結した。アルピーヌは、フォード・エスコートRS1600が出場するグループ2クラスにもテリエのA110 1800を送り込んだ。マシンも1800ccの新型エンジンやゴルディーニ製のミッションなど一新された。この年はルノーのバックアップにより、アルピーヌのサービス体制も拡充された。特に65名のスタッフを得たアルピーヌでは、サービスごとにサスペンションやミッションをアッセンブリーで交換するということで、トラブルの発生を事前に防いだ。昨年のウイナーであるランチアのムナーリが早々にリタイアした後、アルピーヌ勢を脅かす存在になったのはフォード勢だったが、アンドルエがラリーリーダーとして5か所のSSを制し優勝。2位にアンダーソン、3位にニコラ。4位にグループ2のミッコラ(エスコート)が入ったため、5位のテリエはグループ優勝を逃した。

その後のWRCではポルトガル、モロッコ、アクロポリス、サンレモ、ツール・ド・コルスを制し、初代WRCマニュファクチャラーズ選手権を獲得した。

第3戦ポルトガルではJ-L.テリエ/J.ジョベール組が優勝した
優勝したJ-P.テリエと3位の.ニコラのA110が並走
サンレモラリーの時にはカラーリングを一新。ルーフは赤く、赤・白・青でフランス国旗をイメージ

この後、アルピーヌA110はWRCの最前線から姿を消すが、A110は1977年までディエップ工場で生産が続けられた。生産終了後の40年を経た2017年にジュネーブモーターショーで新型A110が発表された。

なおトヨタが1993年に発表された6代目T200系セリカを開発する際に、全体のデザインにA110をイメージしたという噂があった。

6代目のセリカはアルピーヌA110をイメージしたという

2019年9月にはモンブランラリーで新型A110ラリーが発表された。2020年3月には、フランソワ・デルクールにより、フランスのチームFJがA110ラリーRGTをテスト。FIA RGTカップはフィアット124アバルトラリーがタイトルを獲得、同カテゴリーにはポルシェ911GT4も出場が予想されるだけに、デルクールとA110ラリーRGTの動向に注目が集まる。

アルピーヌの名前が復活、FIA RGTカップに出場できるマシンが発表された

アルピーヌ・ルノーA110 WRC優勝の記録

イベント名ドライバーコ・ドライバー
1973モンテカルロラリーJ-C.アンドルエビシ
1973ポルトガルラリーJ-L.テリエJ.ジョベール
1973モロッコラリーB.ダルニッシュA.マエ
1973アクロポリスラリーJ-L.テリエC.デルフェイエ
1973サンレモラリーJ-L.テリエJ.ジョベール
1973ツール・ド・コルスJ-P.ニコラM.ビアラ

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