グループA最初の5年間に君臨した
ランチア・デルタ

89年のサンレモからは16バルブエンジンを搭載したデルタは、90年も優勝を積み重ね6勝を挙げた

1979年のフランクフルトモーターショーに、1.3~1.5ℓのFF小型2ボックスカーとして発表されたランチア・デルタ。73年末から中東戦争に端を発する石油危機が世界を襲うと、74年に発表されたFF2ボックスのVWゴルフが大ヒット、世界中の自動車メーカーはこのカテゴリーに目を向けた。デルタもその中から産まれた1台だった。

ランチアは86年に、かねてより開発していたビスカスカップリング式のセンターデフを装着したフルタイム4WD+2ℓターボを搭載したデルタHF 4WDを発表した。WRCでは87年からグループBに代わってグループAで争われることになった(グループBとしてWRCで暴れた「デルタS4」は、デルタの名前を冠しているが本来の市販車とは一線を画した存在)。グループAがスタートしたものの、開幕戦モンテカルロにターボ4WDラリーカーを出場させることが出来たのは、マツダ(ファミリア)とスバル(レオーネ)、アウディ(200クワトロ)そしてランチアくらいだったのだ。

87年モンテカルロにはランチアワークスのマルティ二レーシングは、4台のデルタを用意した。ドライバーは、ユハ・カンクネン、ティモ・サロネン、ミキ・ビアジオンのチャンピオントリオに、モンテカルロスペシャリストのブルーノ・サビー。当時のグループAは車両公認を取得するためには、年間生産台数5000台を達成しなくてはいけなかったが、ランチアはモンテカルロスタート前までに生産台数をクリア出来なかった。しかし「2月中に台数をクリアする」という条件でFIAから車両公認を得てモンテカルロをスタート。ラリーをリードしていたカンクネンだったが、チームからビアジオンを先行させろ、というオーダーが出たため首位を譲り、デルタの初優勝はビアジオンの手に。2回目の優勝はマルク・アレンが獲得。この年は数戦を落としたが、ランチアは9戦を勝利しマニュファクチャラーズタイトルを獲得。ドライバーはカンクネンが獲得した。

カーナンバー1を付けたカンクネンのデルタHF 4WD。デルタの前を走るライバルはデルタだけだった

88年もランチアの年だった。ポルトガルではフロントトレッドを広げた「インテグラーレ」を投入。インテグラーレの投入もありランチアはシーズン10勝を挙げた。ポルトガル、アルゼンチン、サンレモでは1~3位を独占、アクロポリスでは1~4位独占の快挙だった。そしてランチア念願のサファリ優勝もかなえた。ドライバーチャンピオンはビアジオン、ランチアのマニュファクチャラーズタイトルは連覇となる。

アニマルガードやウイングランプが物々しいサファリ仕様のデルタインテグラーレ。この頃は8バルブエンジンを搭載

89年もランチアの年となるかに思われたが、ランチアの前には日本メーカーが立ち塞がった。スウェーデンとニュージーランドはマツダ323、1000湖ラリーとRACは三菱ギャランVR-4、オーストラリアはトヨタ・セリカGT-FOUR ST165が優勝した。それでもドライバータイトルはビアジオン、マニュファクチャラーズはランチアが獲得。だがランチアのすぐ後ろにはトヨタが忍び寄っていた。

90年はモンテカルロとポルトガルはランチアが勝ったものの、サファリではトヨタに敗れる。ツール・ド・コルスでは勝ったがアクロポリスとニュージーランドはトヨタと、セリカがデルタを圧倒しつつあった。そして1000湖ラリーでは、スペイン人ドライバーのカルロス・サインツがセリカで初優勝を飾った。マニュファクチャラーズタイトルこそランチアが獲得したが、トヨタとのポイント差は6ポイント。そしてドライバーチャンピオンはサインツの手に。

70年代に開発されたデルタと、80年代に開発されたセリカGT-FOUR ST165では、開発の余地に違いがあった。それは他の日本メーカーも同様、三菱はギャランVR-4からランサーエボリューションを、スバルはレガシィからインプレッサへとマシンを替える準備をしていた。それでも91年WRCはサファリとアクロポリス、1000湖、オーストラリア、サンレモでランチアが優勝する。ランチアの開発努力もあったが、トヨタのサインツの自滅で拾った勝利もあったからだ。カンクネンがドライバーチャンピオン、ランチアがまさかのマニュファクチャラーズタイトルを獲得。

トヨタに追われながらも勝利を積み重ねたランチア。この年はマニュファクチャラーズとともに、カンクネンがチャンピオンを獲得した

92年には「エボルツィオーネ」と呼ばれるHFインテグラーレが投入される。この年のチーム運営は、ランチア本体からジョリークラブへと移管された。ドライバーは昨年から引き続きディディエ・オリオールとカンクネン。ずっとランチアで走ってきたビアジオンはフォードへと移籍した。トヨタはGT-FOUR ST185へとスイッチしたが、ようやくサファリで初優勝。しかしアクロポリスではセリカが全滅するなど、その間ランチアがポイントを獲得する。終盤のカタルニアRACでセリカが連勝を果たすも、マニュファクチャラーズタイトルはランチア、そしてドライバーはオリオールが6勝を挙げるもトヨタのサインツが獲得した。そしてランチアはタイトル獲得をもってジョリークラブへの支援を打ち切ってしまう。こうしてランチアのワークス活動は92年で終了するが、スポンサー関係のもつれからサインツがトヨタを離れ、サインツは93年はジョリークラブからランチアでWRCに出場することになった。だがすでに戦闘力の無いデルタに勝利の女神は微笑まなかった。ランチアが去った後のWRCでは、フォードが日本メーカーの対抗馬となった。

1979年のデビュー以来13年。冷却系なども見直しフロントグリルも穴だらけとなったデルタ。オリオールが6勝を挙げるもタイトル獲得はできなかった

ランチア・デルタ WRC優勝の記録

イベント名 ドライバー コ・ドライバー マシン
1987 モンテカルロラリー M.ビアジオン T.シビエロ ランチア・デルタHF 4WD
1987 ポルトガルラリー M.アレン I.キビマキ ランチア・デルタHF 4WD
1987 アクロポリスラリー M.アレン I.キビマキ ランチア・デルタHF 4WD
1987 オリンパスラリー J.カンクネン J.ピロネン ランチア・デルタHF 4WD
1987 ニュージーランドラリー F.ビットマン J.パターマン ランチア・デルタHF 4WD
1987 アルゼンチンラリー M.ビアジオン T.シビエロ ランチア・デルタHF 4WD
1987 1000湖ラリー M.アレン I.キビマキ ランチア・デルタHF 4WD
1987 サンレモラリー M.ビアジオン T.シビエロ ランチア・デルタHF 4WD
1987 RACラリー J.カンクネン J.ピロネン ランチア・デルタHF 4WD
1988 モンテカルロラリー B.サビー J-F.ファシー ランチア・デルタ HF 4WD
1988 スウェデイッシュラリー M.アレン I.キビマキ ランチア・デルタ HF 4WD
1988 ポルトガルラリー M.ビアジオン C.カッシーナ ランチア・デルタ インテグラーレ
1988 サファリラリー M.ビアジオン T.シビエロ ランチア・デルタ インテグラーレ
1988 アクロポリスラリー M.ビアジオン T.シビエロ ランチア・デルタ インテグラーレ
1988 オリンパスラリー M.ビアジオン T.シビエロ ランチア・デルタ インテグラーレ
1988 アルゼンチンラリー J.レカルデ J.デル・ブオノ ランチア・デルタ インテグラーレ
1988 1000湖ラリー M.アレン I.キビマキ ランチア・デルタ インテグラーレ
1988 サンレモラリー M.ビアジオン T.シビエロ ランチア・デルタ インテグラーレ
1988 RACラリー M.アレン I.キビマキ ランチア・デルタ インテグラーレ
1989 モンテカルロラリー M.ビアジオン T.シビエロ ランチア・デルタ インテグラーレ
1989 ポルトガルラリー M.ビアジオン T.シビエロ ランチア・デルタ インテグラーレ
1989 サファリラリー M.ビアジオン T.シビエロ ランチア・デルタ インテグラーレ
1989 ツール・ド・コルス D.オリオール B.オセッリ ランチア・デルタ インテグラーレ
1989 アクロポリスラリー M.ビアジオン T.シビエロ ランチア・デルタ インテグラーレ
1989 アルゼンチンラリー M.エリクソン C.ビルスタム ランチア・デルタ インテグラーレ
1989 サンレモラリー M.ビアジオン T.シビエロ ランチア・デルタ インテグラーレ16V
1990 モンテカルロラリー D.オリオール B.オセッリ ランチア・デルタ インテグラーレ16V
1990 ポルトガルラリー M.ビアジオン T.シビエロ ランチア・デルタ インテグラーレ16V
1990 ツール・ド・コルス D.オリオール B.オセッリ ランチア・デルタ インテグラーレ16V
1990 アルゼンチンラリー M.ビアジオン T.シビエロ ランチア・デルタ インテグラーレ16V
1990 オーストラリアラリー J.カンクネン J.ピロネン ランチア・デルタ インテグラーレ16V
1990 サンレモラリー D.オリオール B.オセッリ ランチア・デルタ インテグラーレ16V
1991 サファリラリー J.カンクネン J.ピロネン ランチア・デルタ インテグラーレ16V
1991 アクロポリスラリー J.カンクネン J.ピロネン ランチア・デルタ インテグラーレ16V
1991 1000湖ラリー J.カンクネン J.ピロネン ランチア・デルタ インテグラーレ16V
1991 オーストラリアラリー J.カンクネン J.ピロネン ランチア・デルタ インテグラーレ16V
1991 サンレモラリー D.オリオール B.オセッリ ランチア・デルタ インテグラーレ16V
1991 RACラリー J.カンクネン J.ピロネン ランチア・デルタ インテグラーレ16V
1992 モンテカルロラリー D.オリオール B.オセッリ ランチア・デルタ HFインテグラーレ
1992 ポルトガルラリー J.カンクネン J.ピロネン ランチア・デルタ HFインテグラーレ
1992 ツール・ド・コルス D.オリオール B.オセッリ ランチア・デルタ HFインテグラーレ
1992 アクロポリスラリー D.オリオール B.オセッリ ランチア・デルタ HFインテグラーレ
1992 アルゼンチンラリー D.オリオール B.オセッリ ランチア・デルタ HFインテグラーレ
1992 1000湖ラリー D.オリオール B.オセッリ ランチア・デルタ HFインテグラーレ
1992 オーストラリアラリー D.オリオール B.オセッリ ランチア・デルタ HFインテグラーレ
1992 サンレモラリー A.アギーニ S.ファルノッキア ランチア・デルタ HFインテグラーレ

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