オール・オア・ナッシンングが走りの信条

アリ・バタネン – Ari Vatanen

1952年、フィンランド・トゥーポバラ出身。最初のWRCは74年の1000湖ラリー、オペル・アスコナだった。その後フォード、オペル、プジョー、BMW、三菱、スバルでWRCに出場。85年アルゼンチンではクラッシュ、ラリー復帰まで18か月掛かった。ラリーレイドも87年からプジョー、シトロエン、日産、VWから出場。ラリー引退後は1999年から2009年まで欧州議会議員。

グループA時代に入り、88年最終戦より、三菱ギャランVR-4をドライブ。地元フィンランドの1000湖ラリーでは2位フィニッシュ

バタネンがラリーに興味を持ったのは1965年頃。「65年の1000湖ラリーでVWビートルに乗るワルデガルドを見たんだ。その頃からワルデガルドの名前を強く覚えている」。その10年後にはワルデガルドとともにフォード・エスコートを駆り、1000湖ラリーに出場していたのだ。その1000湖ラリーでは、SS7で派手なクラッシュをしてリタイアするまで、並み居る強豪を圧倒してトップを走っていたのだった。

バタネンは持っていたオペルで71年からフィンランド国内で開催されるラリーに出場を開始。翌75年からフォードチームに加入しWRCや英国ラリー選手権に出場。76年には英国チャンピオンを獲得。その後80年にも同タイトルを獲得している。その時のコ・ドライバーが、後にプロドライブ社を創業したデイビッド・リチャーズだった。

この頃のバタネンは「オール・オア・ナッシング」という攻撃的なドライビングスタイルが定着したようだ。後輪駆動のラリーカーを、深いドリフトアングルでコーナーを立ち上がっていくドライビングは、後のターボ4WDのラリーカードライビングでも引き継がれた。

79年からはロスマンズのスポンサーを得てWRCへの出場が増え、81年には3勝を挙げてWRCドライバーズチャンピオンを獲得。83年にはロスマンズがスポンサーするオペル・アスコナ400でWRCに出場。そして84年にはプジョーへ移籍しグループBプジョー205T16をドライブすることに。ミッドシップのターボ4WDラリーカーを走らせるのは初めてだったがシーズン後半に3勝を挙げシリーズ4位に。85年は開幕から2連勝、シリーズチャンピオンを狙う年だったが、シリーズ中盤のアルゼンチンで大クラッシュ。再起不能と思われ、86年いっぱいまで闘病生活を送る。

プジョー205T16での2勝目となったサンレモで

ラリーレイド仕様に改造されたプジョー205T16 E2で優勝した

復帰の87年パリ~ダカールラリーを優勝で終えると、WRCはサファリラリー、グループAスバル・レオーネでの出場だった。この年の1000湖を2位でフィニッシュ(フォード・シエラ)する。88年は、プロドライブ制作のBMW M3で出場すると同年最終戦のRACラリーに三菱ギャランVR-4で出場した。復調したバタネンは、89年をラリーアート・ヨーロッパから三菱ギャランVR-4をドライブすることになった。マシン開発をしながらのラリー参戦であったが90年の1000湖ラリーで2位フィニッシュ。

91年からはプロドライブがチーム運営するスバル・ワールドラリーチーム(SWRT)からWRCに出場。92年のRACラリーでレガシィを2位、93年の1000湖ラリーでは、デビューしたインプレッサを2位でフィニッシュさせた。

スバルでは93年の1000湖でインプレッサを、続くオーストラリアではレガシィを連続して2位でフィニッシュさせた

バタネンは自分自身と、フィンランド人がラリーの世界で多いことについて、かつてこんなことを語っていた。「フィンランド人は個性が強く、内向的だ。協調性に欠けるのかな。なんでも自分ひとりでやり遂げようとするんだ。だからラリーもギブアップしなければ、いつかリカバリーできると思っている。長距離向きだね」。それを実証するように、87年からはパリ~ダカールラリーに2007年まで出場。4度の総合優勝を飾っている。

バタネンは1999年に欧州議会議員に当選し2009年まで務めた。同年のマックス・モズレーFIA会長の任期切れにともなう選挙に出馬するが落選。そのFIA会長選挙をバタネンとともに争ったのは、プジョー時代の監督のジャン・トッドだった。

1999年には欧州議会議員に出馬し当選、再選を経て2009年まで議員活動を続けた

アリ・バタネン WRC勝利の記録

回数 イベント名 コ・ドライバー マシン
1 1980 アクロポリスラリー デイビッド・リチャーズ フォード・エスコートRS1800 Mk.2
2 1981 アクロポリスラリー デイビッド・リチャーズ フォード・エスコートRS1800 Mk.2
3 1981 ブラジルラリー デイビッド・リチャーズ フォード・エスコートRS1800 Mk.2
4 1981 1000湖ラリー デイビッド・リチャーズ フォード・エスコートRS1800 Mk.2
5 1983 サファリラリー テリー・ハリマン オペル・アスコナ400
6 1984 1000湖ラリー テリー・ハリマン プジョー205 T16
7 1984 サンレモラリー テリー・ハリマン プジョー205 T16
8 1984 RACラリー テリー・ハリマン プジョー205 T16
9 1985 モンテカルロラリー テリー・ハリマン プジョー205 T16
10 1985 スウェデイッシュラリー テリー・ハリマン プジョー205 T16

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